キュートなSF、悪魔な親友 -2-
(2)
田村と鹿倉が所属している会社は、そんなに大企業というわけでもないが、それなりに体制の整っている方ではある。クライアントの必要としている様々なモノやコトをできる限り早く、正確にお届けする、というのがモットーのコンサルティング会社で。
そんな会社の企画部はイベント企画、商品開発など、実際にすべき仕事が多岐に渡るため少人数でチームが組まれており、ベースとなるチームこそ一定ではあるが、だからと言っていつもそのチームでだけ行動しているわけでもなく、いくら田村と鹿倉が同じチームだとは言え、常に一緒に同じ仕事をしているとは限らない。
チームリーダーである堀の下に、その右腕と言われる志麻、田村たちより後から入社したけれど他社で実績を積んでいたところを引き抜かれてきたという山本、そして田村と鹿倉。この五人がベースのチームが五人だけで進めるプロジェクトはかなり大きなものであり、それがあるからこそのこのチームではあるのだが、逆にこのプロジェクトだけやっているわけにはいかないので、それぞれが別のプロジェクトに個別で取り組んでいるというのが現状である。
特に最近田村が関わっている企画はその殆どが志麻が頭についているもので、少しずつ田村の意見が大きくなっているとは言えやっぱり志麻がいないと何も進まないのが歯がゆくて。
同期である鹿倉が山本と組んで、かなり前面に出ているのを目の当たりにすると、少し悔しい。
鹿倉とは一緒に出勤したけれど——田村が車通勤なので——、会社に入ってしまえば鹿倉は山本とミーティングルームにとっとと消えて行った。
まだ堀も志麻も出勤していなかったので、田村はPCでメールチェックだけすると廊下の端にある喫煙ルームに向かった。
「はよ」
先にそこにいた同期入社の笠間が声をかけてくる。
「早いね」
「俺は早くないよ。今日は久々に会議があるから会社来てるけど、普段はもっと早い時間から企業回りしてるし」
「営業って、そんなん?」
「そんなん。何なら夜も遅いしー」
「そりゃ、お疲れさん」
笠間は営業部に所属している。それこそ、田村達企画の人間が動くための材料を集める仕事なわけだから、この会社の一番のキモかもしれない部署である。
同期故に鹿倉と三人でしょっちゅう一緒に飲み歩いているので、特に話すことはない。
ので、アイコスを二人で黙って吸っていると、今度は他の営業マンが入ってきた。
笠間が挨拶していて、田村は軽く会釈だけすると、
「じゃ、お先」とだけ言って部屋を出た。
田村は本当は喫煙ルームは好きじゃない。自分が吸う分には構わないけれど、他人の吸っているタバコの臭いが好きじゃないのだ。
笠間の影響でアイコスにして、自分にはこっちが正解だなーと思っているのだが、だからと言って社内はどこも禁煙である。アイコスだから、なんて許されるわけでないので、早朝のあまり人のいない時間を狙って喫煙ルームには行くけれど、紙タバコの愛好者が入ってきたら即退室。
笠間もそれを知っているので、軽く手を上げるだけでスルーしてくれた。
部内に戻ると志麻も堀も出勤していて。
「はよー、たむちゃん。今日さー、昼から志麻ちゃんと一緒に高城さん案件よろしくねー」
「高城さん案件って、例のっスか?」
「そうそう。あ、俺今からちょっと出ないといけないから、あとは志麻ちゃんと打ち合わせしといて」
それだけ言うと、堀はさらっといなくなった。
いや、忙しい人だというのは十分わかっているけれど。
常に十件以上の案件を抱えていて、その大半が大手企業の案件なわけだから、のんきにやっていられないのはわかる。が。
「ごめんごめん。田村、まだ殆ど聞いてなかったよね。俺が話せてなかったのが悪いんだけど」
呆然と堀を見送ることしかできなかった田村に、志麻が声をかけてくれた。
物腰が柔らかく、総てのことに気遣いを忘れずに対応する志麻は、田村より少し小さめ体形ではあるが鹿倉とはまた違う端正な顔立ちで女性社員の憧れの存在である。
華奢に見えるその細い肩は、けれど堀の右腕と言われるだけあって簡単に折れるような雰囲気ではない。
「営業の高城女史の案件。これ、資料なんだけど。前にさらっと言ってたけど、今まで南さんチームが専任してたお客さんなのね」
「あ、ってことは女性メイン?」
「そそ。で、そこが今度新しく男性タゲの企画やるらしくて、年齢層も田村くらいの二十代がメインだから、ちょっとこっちでその企画だけ持つことになったんだよ」
コンビニコスメや、女性用下着など、ターゲットが女性専用の商品を扱う時は基本的に女性チームが担当することが多いので、新しく企画開発する場合にターゲットが変わると担当も変わることがよくある。
というか、この状況はひょっとすると。
「クライアント、女性オンリーだったりします?」
「多分ねー。だから高城さん案件なんだろうし」
高城と言えば営業部の女性リーダーであり、その人望と熱い仕事ぶりで女性社員の憧れの的。という、一介のぺーぺー男子社員である田村にとってはちょっと近寄りがたい存在である。
嬉しいような、怖いような。
田村はちょっと複雑な感情を持ってその資料に目を落とした。
「ま、そんなに緊張することないと思うよ。基本的に俺がフォローするし。でもそろそろ田村に主任やってもらおうかなーと思って、今回は田村の名前が頭だから」
「マジっスかー?」
「まじっすよー。堀さんも、田村の発想はかなり面白いから、やらせてみなって言ってたしね」
「志麻さーん」
「あれ? 不安?」
問われて、でも肯定するのはプライドが許さなくて。
「……半分」
ちょっとだけ口を尖らせて、田村が言うと志麻がふわりと笑った。
それはとても優しくて。
「今から高城さんトコ行くから、その不安が半分になるか満タンになるか、楽しみだねー」
なのに強烈に怖い言葉を返してくれて、田村は項垂れた。
キュートなSF、悪魔な親友 -1-
(1)
田村隆司は親友だ。
隣で眠る男の見慣れた横顔。それは高校時代から変わらない、いつでもどこでも周りを気遣う優しい顔。
でも。
自分でそう、位置付けしないと流されそうになる。
だから。
鹿倉はそっとベッドを抜け出すと、寝室を出て廊下を隔てたバスルームへと向かった。
もはや、一緒に暮らしていないのが不思議なくらい頻繁に通っている田村のマンションだから、眼を瞑っていても辿り着ける。
まだ、出勤するには早い時間。けれど、真夏の朝五時なんて既に外は明るいから、カーテンの隙間から入る朝日でアラームより先に目が覚めてしまった。
「ま、あいつはまだ起きねーけど」
呟いて。
体に残る、昨夜の田村の跡を洗い流す。
関係性をお互いにわかっているから、洗い流せない跡をつけるようなことはしない。暗黙のルールだ。
体の関係は、最初は恐らく興味本位。
鹿倉は自分の性癖を中学生の頃には自覚していたから、高校に入ってすぐになぜかやたらと懐いてきた田村にわざとカムアウトした。
けれど、持って生まれた底抜けに優しい人柄のせいなのか、田村はそのままの鹿倉を受け入れ、尚且つ更に好奇心から性欲処理までお互いにすることになり。
「わかんねえ」
がしがしと濡れた髪をタオルで拭いながら小さく声に出してみる。
田村が自分とは違い、恋愛対象が女性であることは知っている。これまでも、鹿倉が知っているだけでも数人の女性と付き合っていた過去があるわけで。
なのに、なぜか自分と体だけの関係を続けるのだ。
鹿倉としても、田村は恋愛対象ではないがお互いの総てを知っているせいか、その繋がりが全く嫌じゃなくて。
体の相性がいいんだろう。とは思う。けど。
さすがに彼女がいる時に迫られた時は断った。それはさすがに、彼女に対して失礼だろう、と。
なのに、女と別れる度に「フられたから、慰めて」としょっちゅう鹿倉を呼び寄せてはその捌け口にさせるのである。
いいけど、別に。と思う鹿倉も鹿倉なのではあるが。
昔からその辺は自由主義なので、特定のオトコを作ることはしないで常にテキトーに遊んでいる身だから、フリーな田村が抱きたいと言えば特に断ることもなく。
この歳になっても本当に好きになれる相手に出会えていないから、とは言えるけれど。
真っ裸のままドライヤーで髪を乾かし、さすがにそのまま部屋に戻るわけにもいかないので、バスルームにある下着を「田村のものは俺のもの」的感覚で使用し、他人の家だというのに常備している自分のスウェットに着替える。だから何で一緒に暮らしてないんだ、という状態で、ベランダの家庭菜園に水遣り。
田村を起こす前に、自分のルーティンを片付けた。
鹿倉義之は親友だ。
彼がベッドから抜け出したことで意識だけ戻ってきた田村は、さっきまでの腕の重みを反芻しながらふとそんなことを考えた。
鹿倉がシャワーを浴びていることは勿論気付いているが、その後自分を起こすまでにベランダにある植木鉢に水遣りと、キッチンでコーヒーを落とすというルーティンを終わらせるまでは、そのままベッドで微睡んでいる。それが、田村のルーティン。
そして絶対に優しくなく、自分を起こしに来る鹿倉にキスを強請るのも。
「メシ」
寝室の扉を開け、カーテンを全開にして田村の耳元で一言だけ。
「やだ」
目を開けないままでいると。
「俺、朝からもっさんと打ち合わせあっから」
田村が何を欲しているかは知っているくせに、鹿倉は冷静にそう言い放つとさらっとその場を離れようとし。
「待ってよ。いつもの!」
そう言って鹿倉の腕を引き寄せると、触れるだけのキスをした。
「……おまえ、俺のこと好きなの?」
完全に呆れてる声で問われ、
「かぐちゃんの顔、好きー」
答えてその、二十代後半男子の顔とは思えない、つるつるの頬を撫でまわした。
鹿倉はぶんっとその手を振り払うように首を振ると、そのまま黙って部屋を後にしてしまった。
「待てよー」
「しょーもないことやってないで、顔洗ってきな」
田村が追いかけると、キッチンから鹿倉の声だけが返ってくる。仕方ないからバスルームで用件だけ済ませると、鹿倉のいるキッチンへと向かい、反論した。
「しょーもなくないしー。おはようの挨拶だしー」
「そーゆー挨拶は恋人同士でやんなよ」
「いいじゃん、俺とかぐちゃんの仲なんだし」
「俺とおまえの仲は、恋人同士じゃねーだろ」
「んー、友達以上恋人未満?」
「そんなシャレたもんじゃねーよ」
鹿倉が冷たく言い放ち、テーブルにコーヒーカップとトーストの載った皿を二人分用意してくれた。
実際。
天の邪鬼極まりない鹿倉のこの言葉も態度も、半分笑いながらの台詞だし、何より料理なんて全然しないくせに、朝、たとえコーヒーとトーストだけの簡単なものであっても、必ず二人分用意してくれるところだって、完全に愛情たっぷりだとしか思えないわけで。
「もっさんと打ち合わせって何時から?」
このままだと、鹿倉がどんどん意地悪発言しかしなくなるから。
あえて通常モードに切り替えた。
「十時にミーティングルーム予約入れてたはず。今日朝礼ないし、それまでに行っとけばいいんだろうけど、もっさん、こっちがある程度資料とか準備してないとキレっから」
「あー、それな」
トーストを二人して齧って、なんとなくテレビなんて付けてみると。
「あ。」
二人して、動きが止まった。
朝のワイドショーだから、ゆるーい内容の巷の流行なんてのが流れている中。
ピックアップされている話題が、先日二人の所属するチームのリーダーが、隣のチームの先輩リーダーと二人が中心になって仕掛けてたイベントの内容で。
「すげ。あれ、堀さんと立花課長のヤツだよね?」
鹿倉の言葉に田村も頷く。
どうやらかなりバズっているようで、女子高生たちが騒いでいる様子が映し出される。
「あの人たち、まじヤバイよなー」
「堀さん、誰と組んでも大抵成功させるけど、よりにもよって立花課長だろ? あの出世コースまっしぐらの。絶対間違いないよなー」
言ってる鹿倉の目が、半分ハートマーク付きそうな勢いで輝いていて。
ちょっと、気になる。
鹿倉は特定の恋人は作らないけれど、時々思いもよらない行動をして人を惹きつけることがある。その対象は、たぶん鹿倉の「好き」になった人間。それを本人が自覚してない、ということも知っているから。
何も言わないけれど、恐らく今、鹿倉は堀をロックオン、したな、と。
これまでの経験値から、そんな存在ができたとしても、田村を拒絶するなんてことはないので。たぶん何も変わらない。
このままの、ゆるーく繋がる関係は。
ずっと続くのだろうと田村は思っていた。
とりあえず開設。
オリジナルBL小説を上げていきます。